働き方の変

働き方を変えるための準備としての知識

「お金を払って働いていただく」求人の問題点について解説

とある出版社が出した求人が炎上しています。

岐阜県にある出版社が編集者(実際はその他の雑用も含めたマネジャー兼アシスタントという名目でした)を募集するにあたって、条件が「試用期間中の仕事に対してスタッフが会社にお金を払うこと」とされていました。これがどんでもない内容だとネット上で話題になり炎上し、結局出版社は求人を取り下げることになりました。

 

働くことにお金を払わせる出版社の意図とは?

 

まずは、なぜこのような求人を出すことにしたのか出版社側の言い分を整理しましょう。普通なら労働の対価として賃金を支払うものです。しかし当初の求人ではむしろ逆に働く側が会社に対してお金を払うという条件になっていました。というのも「お金を払ってでもやってみたいという意欲」のある人を募集したいという考えだったのだとか。そして「試用期間中(1~3か月間)に学んだことに対して見合う金額を労働者が自由に決めて」払うのだということです。

なぜ求人が炎上したのか

昨今やりがい搾取という言葉を耳にします。労働に対して正当な報酬を支払わない言い訳として「やりがいがある」「学べる」と金銭の問題じゃないという方向に誘導して労働を搾取することです。今回の出版社の求人も、やりがい搾取に該当するのでは、ということで炎上するに至ったのです。まぁいまどきこのような迂闊な求人を掲げればそうなるのは予想がつくことです。その意味で出版社の考えは甘かったと言えるでしょう。

求人は労働基準法違反の疑い

やりがい搾取もさることながら、この求人の最大の問題点は労働基準法違反の疑いがある点です。労働者として雇用する以上、会社は最低賃金以上の賃金を支払わなければなりません。出版社は給与は試用期間が終わったら支払う予定としていた、と述べていましたがこれは労働基準法第24条賃金の支払いに違反しています。以下、厚生労働省の法令検索より引用。

第二十四条 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
○2 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第八十九条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。

これは賃金支払いの5原則と呼ばれるものです。

①通貨で(つまり現物支給はダメ。例えば農家が給与代わりに農作物を支給するとか)

②直接(他人を介して渡すことは原則認められません)

③毎月一回以上(労働者の生活の安定のため)

④一定期日に(会社の都合によって今月は10日、来月は20日とかはダメ)

⑤全額払い(一部を支払わないことで労働者の足止めにつながる)

試用期間の長さにもよりますが、たとえば3か月間の試用期間終わった後に給与を支払うのであれば③に違反します。そもそも給与を支払ってないので⑤にも違反します。ついでに④も。

労基法違反の疑いを指摘されると、会社は「労働基準法のことにまで」考えが回らなかったという釈明をしました。しかし労基法は企業規模の大小にかかわらず適用されるものです。対象となる労働者に制限も基本的にはありません。「ウチは零細事業者だから」ということは労基法を守れないことの言い訳にはなり得ません。

なぜ求人をするのか

今回の件がネットで取り上げられ炎上した後に当該出版社は釈明コメントを発表しています。説明不足のために不安や不快な思いをした方におわびをしています。そして改めて求人を募集しています。今度は給与については「充分なお話合いの中で、適切な内容をさせて」いただきたい、としています。

しかし、そもそもなぜ求人をかけるのかというと「人員が足らず、大変困ってる」からだとHP上で述べています。そして応募の条件を見ると「編集経験のあるかた」としていますので、即戦力的な人を求めていることも窺えます。

ここで疑問なのが、即戦力を求めているのにもかかわらず、なぜ試用期間で「やる気、意欲」を確認するような試みをしようとしたのかという点です。通常そのような条件を付するのは新卒とか未経験者に対してではないでしょうか。少なくとも編集経験のあるプロを募集するにあたって「やる気、意欲」からみさせてもらいます、というのはちょっと違うんじゃないでしょうか。

プロを探しているのであれば、きちんと労働条件を明示した上で募集をするべきでしょう。話合いの中で決めていくといっても、応募者は会社に足を運んだり問い合わせたりするわけですからある程度の目安(最低いくらの給料は保証するとか)は事前に知らせておかなければ応募者の不安は解消されません。

そのような求人を出したところで会社が納得するような人材が募集に応じる可能性は低いと言わざるを得ません。

また応募者側も入社してみて当初想定していたものとのギャップに苦しむことも充分に考えられます。双方が「こんなはずじゃなかった」と不信感を抱き、結果として早期離職につながるのではないでしょうか。実際求人のミスマッチとはこのように募集採用時に労働条件について適正な情報を伝えていないところから始まります。

「働かせてあげる」「働いてあげる」を越えた関係性を

日本企業ではいまだに「働かせてあげる」という上から目線の求人が少なからず存在します。しかし一方で求職者はかつての「働かせていただく」から「働いてあげる」に少しづつ意識が変わってきています。これは労働人口の減少による慢性的な人手不足や、転職が当たり前の時代から売り手が強気に出られるようになった結果です。

企業と労働者とのこの意識の差がミスマッチを生み出しています。働くにあたって労働条件を明示するのは何も法律上の要請があるためだけではありません。会社が本当に必要とする良い人材を得たいと考えるのであれば、自社で働くとどのような対価が得られるのかを正確に伝える必要があります。

ちなみに職業安定法の改正で企業が求人募集する際の労働条件の明示義務についてが強化されました。

www.mhlw.go.jp

 もしも今回の出版社の求人が長期的な育成を考えて、未経験者を広く募集するというものであったのなら、差し替えた求人募集でもまだ一定の理は感じられたでしょう。しかし人手不足を解消するため急遽、編集経験者というプロを雇うにあたって、労働条件を曖昧なままにしておくというのは人事管理についての意識が低いと言わざるを得ません。もっと言えばこの程度の条件でも望むような人材がくると考えているのであれば世間知らずと言われても仕方がないのではないでしょうか。即戦力のプロを雇用したいのであれば、それに見合った対価を提示する必要があります。

中小零細企業ではまだまだ求人が自社のブランド力に結びつくことがあるということに意識が向いてないところが見受けられます。そのため雑な求人をかけては「人がこない」「仮に採用してもロクなのがいない」と嘆いています。世の中に求職者がいないわけでも、求職者にロクな人材がいないわけでもありません。単に自社が優秀な人材を惹きつける条件を提示していないだけなのです。

まとめ

  • 求人募集では法律上適正な労働条件を明示する必要がある
  • 即戦力のプロは「意欲ややる気」はあって当たり前
  • 求人募集によって企業のブランド力が左右されることもある

どの業界でも人手不足を嘆く声が聞かれます。求人をかける際には上記のことに留意して募集要項を決定してみてはどうでしょうか。