働き方の変

働き方を変えるための準備としての知識

賠償予定の禁止とは?

企業によっては社員のスキルアップのための研修や留学などに積極的に取り組んでいるところもあります。また業務に当たって必要な資格取得を補助する制度などもあります。そんな中、研修や資格取得の費用を巡って争いになることも。賠償予定の禁止について考えていきましょう。

退職したら研修費用を返還しろという定めは可能か

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社員のスキルアップは企業が利益を出すために必要なものです。自社内での教育訓練でスキルアップを図ることが多いと思いますが、必要に応じて企業の外で専門的な訓練を受けることもあります。

 

大企業でよくある海外の大学への留学制度もその一つです。また業界未経験者向けにタクシー会社などが採用時に免許取得費用を補助することも人材育成や人手確保の観点から、よく採用されています。

会社のお金でスキルアップ

業務上必要な資格取得や勉強、将来の幹部候補者への外部研修などは基本的に費用は会社持ちです。これらは業務命令として行われることもあります。

 

会社にとって人材教育は将来への投資という意味合いがあります。長期的なスパンで回収していくものという意識があります。そこで困るのが、費用をかけて教育したのに成果を回収する前に社員が退職してしまうという事態です。

賠償予定の禁止とは

留学から帰ってきた直後や、資格取得後すぐに退職してしまう事態を避けるために「最低◯年間は勤務しなければいけない。もし退職した場合は留学や資格取得に要した費用〇〇円を返還するものとする」という定めをすることは可能でしょうか。

 

(賠償予定の禁止)
第十六条 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

 

 (e-Gov法令検索より)

 

労働契約の不履行とは要するに単に労働を提供しないということだけでなく、労働契約の破棄まで含む幅広いものを指します。なぜこのような規定があるのかというと、労働者の意に反して身分を拘束するのを防ぐためです。

賠償予定の禁止のポイント

ポイントは「違約金」や「損害賠償額」を予定する契約を結んではいけない、ということです。契約途中で退職したら〇〇円請求するぞ、と具体的な金額を決めてはいけません。そのような契約を結んでも無効となります。というより具体的な損害賠償額を定めた契約自体が労基法違反ということになります。

具体的な違約金を定めない契約は可能か

それでは具体的な違約金・損害賠償額を定めない契約は可能でしょうか。例えば本人のミスにより会社に損害を与えた場合は、損額額に応じた一定の割合で負担させる、との規定は無効になるのではないか。

 

しかし労基法第16条では金額を具体的に定めることを禁じているのであって、実際に損害が出た場合に賠償させることそのものを禁止しているわけではありません。したがってなにがしかの損害が生じた場合に、一定の額を社員に負担させる契約を交わしたとしても労基法上は違反にはなりません。ただしそのような負担を社員にさせることが妥当かどうかはまた別の話です。こちらは民事訴訟で是非を争うことになるでしょう。

技能習得のための費用立て替えの場合はどうなるか

大企業でよくある海外留学制度。海外の大学でMBAなどを取得するために一定期間休職し、留学費用も企業が出してくれるケースがあります。この場合に無事資格取得し復職したはいいものの帰国後短期間でやめてしまった場合はどうなるでしょう。

 

会社からするとせっかく多額の費用をかけて教育を施したのに、会社に還元されることなく去られてはたまったものではないと考えても不思議ではありません。

 

一方で社員の側からすると、何より重要なのは自身のキャリアだというのも一理ありあます。特に異国のビジネスパーソンと切磋琢磨する中で視野が広がることも十分ありえることです。外から眺めることで所属企業の古い体質に気づいたり、新たな環境に挑戦したいと思うようになることも理解できます。

会社からの貸付という形は問題ないか

会社は「違約金」や「損害賠償額」を定めることはできません。しかし多額の教育費用をかけた社員が短期間で退職しないように抑止力を行使できないかという願いがあります。

 

そこで研修や留学等の費用を会社が社員に貸し付けるという体をとる会社もあります。まず社員との間に金銭消費貸借契約を取り交わします。そして研修や留学後一定期間勤務すれば返済を免除、そうでない場合は費用を返還させるというものです。

 

貸したお金を返してもらうだけだから、違約金や賠償額を定めたものではないという理屈です。実際こうした手法を取り入れている会社は多く、一概に法律に違反しているとは言えません。

形式があれば良いというわけではない

ただ、契約書等の形式さえ整えていればどのような内容でも良いというわけではありません。研修等を受けることが労働者の自由な意思決定に委ねられているとか、研修等が業務の一環なのかどうか。また研修棟終了後の拘束期間(どのくらいの期間勤務したら返済が免除されるのか)などから総合的に判断することになります。

 

例えば海外留学が否応なしの業務命令なのか、社内応募に自ら立候補したものなのか。業務命令であれば会社が費用を持つのは当然であり、貸し付けるということ自体がおかしな話になります。

長期間の拘束はできない

返済免除までの勤務期間も考慮しなければなりません。1年程度ならまだしも10年20年の期間とするのは拘束性が強すぎるとして認められないでしょう。借金で身分を縛るようなものであり、そのような契約を交わしても無効とされる可能性が高いです。

まとめ

・違約金や損害賠償額を予定する労働契約を結ぶことはできない

・返済免除の条件付き金銭消費貸借契約を結ぶことは可能

・金銭消費貸借契約の場合形式ではなく実質で判断する

違約金などにより労働者の身分を不当に拘束する習慣は明治時代の昔からありました。強制労働の禁止や職業選択の自由の観点からも違約金や損害賠償額を予定することは認められません。ただし実際の損害が生じた場合には一定の範囲内において負担をさせることまでは禁じられていません。

 

社員教育に力を注ぐと同時に、社員が「ここでキャリアを築きたい」と感じるような魅力のある職場環境を作ることも重要な経営課題の一つだと言えるのではないでしょうか。